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神戸地方裁判所 平成7年(ワ)661号 判決 1997年10月15日

神戸市東灘区御影塚町四丁目九番二一号

第一事件原告・第二事件被告(以下「原告」という。)

株式会社小倉屋柳本

右代表者代表取締役

柳本一郎

右訴訟代理人弁護士

堅正憲一郎

松本司

同(第一事件のみ)

村林隆一

同(第一事件のみ)

今中利昭

同(第一事件のみ)

吉村洋

同(第一事件のみ)

浦田和栄

同(第一事件のみ)

辻川正人

同(第一事件のみ)

岩坪哲

同(第一事件のみ)

田辺保雄

同(第一事件のみ)

南聡

右訴訟復代理人弁護士

深堀知子

名古屋市熱田区五本松町一番二〇号

第一事件被告・第二事件原告(以下「被告茶福水産」という。)

株式会社茶福水産

右代表者代表取締役

下村郁夫

神戸市中央区港島中町六丁目一三番地四

第二事件原告(以下「被告フジッコ」という。)

フジッコ株式会社

右代表者代表取締役

山岸八郎

右両名訴訟代理人弁護士

纐纈和義

林和宏

三山峻司

右輔佐人弁理士(第二事件のみ)

角田嘉宏

高石郷

園部祐夫

三宅始

主文

一  第一事件に係る原告の請求をいずれも棄却する。

二  原告は、煮豆の包装及び煮豆の宣伝広告につき、別紙(二)の標章を使用してはならない。

三  原告は、別紙(二)の標章を包装に付した煮豆及び同標章を付した煮豆に関する広告、定価表又は取引書類を譲渡し、引渡し又は譲渡のために展示してはならない。

四  原告は、被告茶福水産に対し、金四四〇万二八五〇円及び内金三一九万五九〇八円に対する平成七年五月二三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

五  原告は、被告フジッコに対し、金一一三万三一五〇円及び内金三三万三六九六円に対する平成八年二月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

六  訴訟費用は、第一事件及び第二事件を通じて原告に生じた費用と被告らに生じた費用の三分の二を原告の負担とし、その余の費用を被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  第一事件

1  原告の請求の趣旨

(一) 被告茶福水産が、原告が業として別紙(一)又は(三)の商標を付した煮豆を販売するについて、別紙商標権目録記載の商標権に基づく差止請求権を有しないことを確認する。

(二) 被告茶福水産は、原告が業として別紙(三)の商標を付した煮豆を販売することが、被告茶福水産の商標権を侵害するとの事実を、文書又は口頭で第三者に流布してはならない。

(三) 被告茶福水産は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成七年七月四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(四) 訴訟費用は被告茶福水産の負担とする。

(五) (二)及び(三)項につき仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する被告茶福水産の答弁

(一) 主文一項と同旨

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

二  第二事件

1  被告らの請求の趣旨

(一) 主文二、三項と同旨

(二) 原告は、被告茶福水産に対して、金五〇〇〇万円及び平成七年五月二三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 原告は、被告フジッコに対して、金三〇〇〇万円及び平成八年二月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(四) 訴訟費用は原告の負担とする。

(五) 仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する原告の答弁

(一) 被告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  原告の主張【第一事件に係る原告の請求原因】

1  原告は、昆布、海産物の加工及び販売等を目的とする株式会社であるところ、業として、別紙(一)の標章(以下「イ号標章」という。)を包装に位した煮豆商品(以下「イ号商品」という。)を製造し、自らこれを一般向けに販売しているほか、別紙(三)の標章(以下「ロ号標章」という。)を包装に付した煮豆商品(以下「ロ号商品」という。)を製造し、これを日本生活協同組合連合会及びコープネットこうべ(以下「生協連ら」という。)に対し、同人らのプライベートブランド商品として販売している。

2  被告茶福水産は、別紙商標権目録記載の商標権(以下「本件商標権」という。)を有しているところ、原告に対し、イ号商品の販売が本件商標権を侵害するとして、その販売を中止するよう権利主張している。

3  被告茶福水産は、平成八年七月一一日付内容証明郵便により、生協連らに対し、ロ号商品の販売が本件商標権を侵害するとして、その販売を中止するよう請求した。

4(一)  しかしながら、被告茶福水産は、本件商標権に基づくロ号商品の販売差止請求権を有するわけではないから、右3の行為は、被告茶福水産が、競争関係にある原告の得意先に対し、原告の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知したものというべきであって、不正競争防止法二条一項一一号に規定する不正競争行為に該当する。そして、被告茶福水産は、本件商標権の登録を受けているものであるから、今後とも同様の不正競争行為を行うおそれがある。

(二)  右不正競争行為によって原告が被った非財産的損害を金銭に見積もると一〇〇万円を下らない。

5  よって、原告は、被告茶福水産との間で、原告が業として行うイ号及びロ号商品の販売について、被告茶福水産が本件商標権に基づく差止請求権を有しないことの確認を求め、不正競争防止法三条一項、二条一項一一号に基づき、被告茶福水産に対し、ロ号商品の販売が商標権侵害に該当するとの事実の流布行為の差止めを求め、民法七〇九条に基づき、被告茶福水産に対し、右4(二)の損害賠償金一〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成七年七月四日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  原告の主張に対する被告茶福水産の認否

原告の主張1ないし3の事実は認め、同4の事実は否認し、同5は争う。

三  被告らの主張【第一事件に係る被告茶福水産の抗弁・第二事件に係る被告らの請求原因】

1  被告らの商標権等

被告茶福水産は、練り商品を中心とする加工食料品の製造販売等を業とする会社であり、被告フジッコは、各種佃煮、保存食品等の加工食料品の製造販売等を業とする会社である。

被告茶福水産は、本件商標権(なお、以下、その商標を「本件登録商標」という。)を単独で保有していたものであり(登録番号第一〇九六二七六号)、被告フジッコは、平成七年三月一四日、被告茶福水産から本件商標権の分割譲渡を受けた。

したがって、被告らは、右分割譲渡が登録された平成七年七月一〇日以降、本件商標権を共有しているものである。

2  本件商標権の侵害行為

(一) 原告は、イ号標章を包装に付したイ号商品及びロ号標章を包装に付したロ号商品を業として販売しているところ、それら商品は、本件商標権に係る指定商品である加工食料品に該当する。

(二) 本件登録商標とイ号標章の類似性

イ号標章は、赤色表記の記号と赤色カタカナ表記の「マルヤナギ」の部分(以下「マルヤナギ印」という。)と別紙(二)の「茶福豆」という大きな三文字の部分(以下「イ'号標章」という。)とを組み合わせて構成されているが、マルヤナギ印は、イ'号標章とは別の配色により、その上部に小さく配置されていることから、三漢字との分離感が顕著であり、ハウスマークとしての表示に過ぎないことが明らかである。

したがって、実際に商品が販売される場面においては、需要者はイ'号標章を独立して認識、称呼、観念することとなるのであって、イ号標章において商品名の表示として意味があるのはイ'号標章の部分なのである。

そして、イ'号標章のうち「豆」は、商品の原材料を示すものとして接尾された漢字にすぎないから、結局のところ、イ'号標章の要部は「茶福」という部分にある。

イ'号標章の「茶福」という要部と本件登録商標とは、外観はいずれも漢字であり、称呼は同一であり、観念は「茶」及び「福」という同一のものであって、ほとんど同一というべきである。

また、イ号標章及びその中心部分であるイ'号標章と本件登録商標とは、両者を全体的に観察しても非常に似通ったものである。

(三) 本件登録商標とロ号標章の類似性

ロ号標章は、「CO-OP」という白抜き文字のある四角い赤地の部分(以下「コープ印」という。)と「茶福豆」という大きな三文字とを組み合わせて構成されているが、コープ印は、「茶福豆」という大きな三文字とは別の配色により、その上部に小さく配置されていることから、三漢字との分離感が顕著であり、ハウスマークとしての表示に過ぎないことが明らかである。

したがって、右(二)で述べたとおり、ロ号標章と本件登録商標とは、全体的に観察しても非常に似通ったものである。

3  被告らの差止請求権

(一) 被告茶福水産の差止請求権

原告及び生協連らが、加工食料品である煮豆商品について、本件登録商標と類似するイ号標章及びロ号標章を商標として使用する行為は、本件商標権の侵害に該当する。

したがって、本件商標権を有する被告茶福水産は、原告及び生協連らに対し、イ号及びロ号商品の販売を停止するよう求める差止請求権を有し、その権利の行使として、原告及び生協連らに対し、適法に、その販売行為を停止すべき旨の通知を行うことができる。

(二) 被告らの差止請求権

加工食料品である煮豆商品について、本件登録商標と類似するイ'号標章を商標として使用する行為は、本件商標権の侵害に該当するから、本件商標権を共有する被告らは、原告に対し、イ'号標章を商標として使用することの停止を求める差止請求権を有する。

4  被告らの損害(イ号商品に関するもの)

(一) 被告茶福水産は、本件登録商標を練り商品・煮豆商品を含む加工野菜、惣菜一般に長年使用しており、本件登録商標につき、業務上の信用及び顧客吸引力を獲得しており、被告フジッコは、イ号商品と同様の「茶福豆」との名称を付した煮豆商品を一般消費者向けに製造販売しているから、原告がイ'号標章を商標として使用し、イ号商品を販売するという本件商標権侵害行為(以下「イ'号標章に係る侵害行為」という。)により、商品の出所に誤認混同が生じ、被告らは、営業上の利益を侵害された。

したがって、原告は、民法七〇九条に基づき、イ'号標章に係る侵害行為によって被告らに生じた損害を賠償する責任がある。

(二) 商標法三八条一項に基づく損害の数額

(1) 原告の平成六年八月一日から平成七年七月三一日までの営業年度(以下「平成七年七月期」という。他の営業年度についても同様にいう。)におけるイ号商品の売上高は、一三億二四〇〇万円であり、その売上高に占める営業利益の割合は、四・八パーセントである。

(2) 原告の平成二年七月期ないし平成六年七月期までの五営業年度のイ号商品の売上高は、少なくとも、平成七年七月期の売上高から順次毎年三割を減じて計算した額を下回らないし、原告の平成八年七月期及び平成九年七月期のイ号商品の売上高は、少なくとも平成七年七月期と同額である。

(3) したがって、原告の平成二年七月期から平成九年七月期までの間のイ号商品の売上高は六五億三七〇〇万円であるから、この金額に四・八パーセントを乗じた三億一三七七万六〇〇〇円が、イ'号標章に係る侵害行為によってその間に原告が得た利益額となり、被告らに生じた損害額と推認される。

(三) 商標法三八条二項に基づく損害の数額

仮に前項の推認が認められない場合であっても、被告らは、本件商標権に対する通常の使用料に相当する金額の損害の賠償を請求することができるところ、その使用料は、最低でも売上高の〇・二パーセントを下らないから、使用料相当損害額は右(二)(3)の売上高に〇・二パーセントを乗じた金額であり、次のとおりとなる(なお、平成七年七月期以降は、被告らが本件商標権を二分の一ずつの割合で共有しているから、損害額は右割合で按分されることになる。)。

被告茶福水産 一〇四二万六〇〇〇円

被告フジッコ 二六四万八〇〇〇円

5  よって、被告茶福水産は、第一事件に係る原告の請求の棄却を求め、被告らは、第二事件の請求として、原告に対し、商標法三七条一号及び三六条基づき、イ'号標章の商標としての使用の差止めを求めるとともに、民法七〇九条に基づき、右4(二)又は(三)の損害賠償金(選択的)のうち、被告茶福水産において金五〇〇〇万円の限度で、被告フジッコにおいて金三〇〇〇万円の限度でそれぞれ支払を求め、さらに、損害賠償金に対する平成七年五月二三日(被告茶福水産関係)又は平成八年二月一七日(被告フジッコ関係)から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  被告らの主張に対する原告の認否

1  被告らの主張1の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実は認める。

(二)  同2(二)は否認する。

後記五1のとおり、「茶福豆」とは普通名称であり、イ'号標章は、普通に用いられる方法で「茶福豆」を表示するものにすぎないし、イ号標章は、普通に用いられる方法で「茶福豆」を表示する部分を含む標章であって、マルヤナギ印の部分にこそ商品の出所の識別力を有するものであって、その要部であるマルヤナギ印の部分と普通名称であるイ'号標章の部分とを分離し、イ号標章と本件登録商標との類似性を検討することはできない。

そして、「マルヤナギ印茶福豆」であるイ号標章と単に「茶福」である本件登録商標とは、外観・称呼・観念のいずれにおいても本件登録商標と全く類似していない。

(三)  同2(三)は否認する。

ロ号標章は、普通に用いられる方法で茶福豆を表示する部分を含む標章であって、コープ印の部分にこそ商品の出所の識別力を有するものであって、「コープ印茶福豆」であるロ号標章と単に「茶福」である本件登録商標とは、外観・称呼・観念のいずれにおいても本件登録商標と全く類似していない。

3(一)  同3(一)は争う。

イ号及びロ号商品の販売は何ら本件商標権の侵害に当たらない。

(二)  同3(二)は争う。

イ'号標章は、普通に用いられる方法で茶福豆という普通名称を表示するものであって、これを商標として使用することが本件商標権の侵害に該当することはない。

4(一)  同4(一)の事実は否認する。

イ号商品の売上げは、活発な宣伝広告活動及び独自の陳列販売方法など原告の営業努力の結果達成されたものであって、本件登録商標は何らの顧客吸引力もなく、原告のイ号商品の売上に全く寄与していないから、イ'号標章に係る侵害行為というものによって被告らに営業上の損害が生じたことはない。

(二)  同4(二)(1)については、原告の平成七年七月期におけるイ号商品の売上高が一三億二四〇〇万円であることは否認する。同期におけるイ号商品の売上高は一一億円である(原告の同期における「茶福豆」商品の売上高が一三億二四〇〇万円である。)。

売上高に占める営業利益の割合が四・八パーセントであることは認める。

(三)  同4(二)(2)及び(3)は否認ないし争う。

(四)  同4(三)は争う。

5  同5は争う。

五  原告の反論【第一事件再抗弁・第二事件抗弁】

1  茶福豆の普通名称性

(一) 「茶福豆」の名称は、東京都所在の煮豆業者である株式会社くぼたが、昭和五〇年始め、大黒花芸豆を原料とする煮豆について、「茶色」の「福豆」という意味で「お茶福豆」と命名したことに始まり、以後現在に至るまで複数の煮豆業者によって使用されている。

昭和六三年の時点では、少なくとも一七の煮豆業者が大黒花芸豆の煮豆を「茶福豆」との名称で製造販売しており、平成七年時点では、大黒花芸豆の煮豆を取り扱う業者約四〇社のうち約三〇社が「茶福豆」の名称を使用していた。

(二) 「茶福豆」の名称は、食料新聞、日本食糧新聞、食品新聞、日経流通新聞にも掲載されている。

また、被告フジッコは、かつて、大黒花芸豆の煮豆の商品包装に「大黒花芸豆(日本ではお茶福豆)」、「茶福豆(大黒花芸豆)」と記載し、「茶福豆」を大黒花芸豆の煮豆の普通名称として使用していた。

(三) バーコード表示のある商品を対象とした市場調査によると、煮豆市場における「茶福豆」という名称の煮豆のシェアは、原告がテレビ宣伝を開始し、被告フジッコが市場に参入した平成二年以降漸次拡大し、平成四年には、黒豆と同程度(五・五パーセント)となり、平成八年一月から三月までは、金時豆、黒豆、昆布豆(これらは煮豆の普通名称である。)といった各種煮豆のシェアを抜いて最大(一四・四パーセント)となっている。

したがって、「茶福豆」は、一般消費者にとって黒豆、金時豆、昆布豆と同様に馴染みのある名称となっており、この間の平成三年以降、原告がテレビ等により「茶福豆」を活発に宣伝広告したことにより、茶福豆の名称も一般消費者に周知となっている。

また、スーパーマーケット等の量販店のプライベートブランド商品は、一般消費者になじみのある販売数量の多い商品が対象となるが、平成三年以降、原告の「茶福豆」という名称の煮豆商品は、日本生活協同組合連合会のプライベートブランド商品となっている。

(四) 右のとおり、「茶福豆」という名称は、インゲン豆の一種である大黒花芸豆(中国産)又は紫花豆(日本産)を原料とする煮豆の普通名称というべきである。

したがって、イ号標章、その中心的部分であるイ'号標章及びロ号標章が本件登録商標に類似しているとしても、「茶福豆」という普通名称を、普通の漢字で横書きに表示した結果類似しているにすぎないから、商標法二六条一項二号に照らし、それら類似標章の使用は本件商標権の侵害に当たらない。

2  誤認混同のおそれの不存在

イ号標章中の「マルヤナギ印」は、原告の商品であることを示す標識として需要者である一般消費者(スーパーマーケット等小売店の買物客)に周知となっている。

これに対し、被告茶福水産は、主としてレストラン、日本料理店等で使用される業務用の蒲鉾、ちくわ等の練り商品を製造し、これを卸業者に販売しており、大黒花芸豆の煮豆商品を製造販売してはいない。

したがって、イ号標章の商標としての使用は、イ号商品の出所の誤認混同を生じさせる余地はないから、イ号標章と本件登録商標とは、取引の実情に照らして、全体的には類似性が否定されなければならない。

3  被告フジッコに対する関係でのイ'号標章の先使用権

被告フジッコへの本件商標権の分割譲渡が登録された平成七年七月一〇日の時点では、原告は、不正競争の目的ではなくイ'号標章を使用しており、かつ、イ'号標章は、原告の商品を表示するものとして一般消費者の間で周知となっていた。

したがって、イ'号標章が本件登録商標に類似しているとしても、商標法三二条一項の趣旨に照らせば、原告は、少なくとも被告フジッコとの関係では、イ'号標章を適法に使用することができる。

4  権利濫用

(一) 被告茶福水産は、原告がイ号標章、イ'号標章及びロ号標章を使用したとしても、原告の煮豆商品について出所の誤認混同が生じるおそれがないにもかかわらず、本件商標権の登録後二〇年以上も経過した時点で、被告フジッコの意を受けて、原告に対し、本件商標権侵害の主張をしたものであって、被告茶福水産の本件登録商標に基づく権利行使は権利の濫用に当たる。

(二) 被告フジッコは、原告のイ号商品の販売が極めて好調であるのを知り、原告に二年遅れた平成二年以降、「茶福豆」との名称の煮豆商品の製造販売を開始した。その時点では、被告フジッコは、わが国煮豆業界において、大黒花芸豆を原料とする煮豆商品に「茶福豆」との名称が付されていることは極めて一般的であることを十分に認識していたのである。

ところが、被告フジッコの「茶福豆」商品の販売量は、先行業者である原告のそれを超えることができなかったため、被告フジッコは、「茶福豆」の名称使用を独占することにより、市場に定着した原告のイ号商品の名称変更を余儀なくさせ、原告の販売量を減少させようと企画し、煮豆業界とは競合関係にない被告茶福水産に積極的に働きかけて本件商標権の分割譲渡を受け、原告に対し、本件商標権侵害の主張をしたものであって、被告フジッコの本件登録商標に基づく権利行使は権利の濫用に当たる。

六  原告の反論に対する被告らの認否

1  原告の反論1の事実は否認する。

豆料理に関する文献その他専門書、料理雑誌、朝日、毎日、読売、産経の四大紙及び日経四紙(日本経済新聞、日経産業新聞、日経流通新聞、日経金融新聞)に大黒花芸豆又は紫花豆を原料とする煮豆を意味する語として「茶福豆」という名称が掲載されたことはなく、京阪地区及び京葉地区のデパートにおいて「茶福豆」の名称で煮豆商品が販売されている事実もなく、一般消費者のほとんどは「大黒花芸豆」という種類の原料すら知らないのである。

市場に出回っている大黒花芸豆又は紫花豆を原料とする煮豆商品には、「大黒花豆」「黒花豆」「高原花豆」「柴福豆」「花豆」「高原豆」「お茶福豆」「あじさい豆」「紫花豆」等の様々な名称が付されて販売されたことがあり、原告自身ですら、平成元年ころは、大黒花芸豆を原料とする煮豆商品に「黒花豆」の名称を付して販売していた。

普通名称であれば「お」という音を付して「お茶福豆」などと言い換えられることはありえないし、そもそも、中国産の大黒花芸豆と日本産の紫花豆とでは、品質はもちろんのこと、価格において大きな違いがあり(日本産の方が遥かに高価である。)、両者は煮豆商品を製造する業者からみれば全く異質の原材料であって、これらを商品化した煮豆商品が同一の名称で呼び慣わされることもありえないから、原告の主張は全く根拠がない。

被告茶福水産は、平成七年ころ、原告が大々的宣伝のもとに大量にイ号商品の販売を行うようになって初めて「茶福豆」の違法使用に気付き、「茶福豆」商品を販売している煮豆業者に警告を発したところ、煮豆業者のほとんどが平成八年三月以降は、任意に「茶福豆」の使用中止、変更又は使用許諾契約の締結を行っているのであり、このような煮豆業者の対応も「茶福豆」が普通名称となっていないことを示すものである。

右のとおりであって、「茶福豆」という名称が何らかの煮豆の普通名称であるという事実は存在しない。

2  同2の事実は否認する。

被告茶福水産は黒豆の製造販売を行っているし、被告茶福水産の商品の販売形態が卸売り中心であるとしても、「茶福」の文字を含む標章を一般消費者向けの加工食料品に付した場合には、市場や取引業界において商品の出所の誤認混同を招くことが明らかである。

3  同3は争う。

4  同4は争う。

被告茶福水産は、平成七年ころ、原告が名古屋市内(原告の中心的な営業地)で「茶福豆」という名称の煮豆を宣伝するようになって本件商標権侵害の事実を知り、原告に対して本件商標権に基づく権利行使をしているものである。

被告フジッコは、平成六年七月ころ、同業者から、原告が煮豆について「茶福」との商標登録出願をしたとの情報を得たので調査したところ、かえって、被告茶福水産が、加工食料品について本件商標権を有していることを知ったのである。そこで、被告フジッコは、本件商標権を尊重するとの趣旨から、被告茶福水産と誠意をもって交渉し、本件商標権の分割譲渡を受けたものである。

被告らの本件商標権の主張には何ら不正・不当な意図はない。

第三  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

第一  本件商標権侵害行為の有無について

一  原告の主張1ないし3の事実並びに被告らの主張1及び2(一)の事実は当事者間に争いがない。

二  イ号標章の構成は、「茶福豆」との黒色横書きの大きな丸みを帯びた漢字三文字が中央部に配置され、その「茶」の漢字上に小さな赤色横書きのマルヤナギ印が配置されたものであるところ、証拠(甲一一、一二の1の1、1の2、2の1、2の2、3、4の1、4の2、5の1、5の2、一三の1ないし13)によれば、マルヤナギ印は、原告が、自社の一連の煮豆商品について出所標識(ハウスマーク)として使用しているものであることが認められる。

また、ロ号標章の構成は、「茶福豆」とのピンク色の縁取りのある黒色横書きの大きな丸みを帯びた漢字三文字が中央に配置され、その「福」の漢字上に小さくコープ印が配置され、コープ印の直下に小さなローマ字で「CHAFUKUMAME」との黒色横書文字が配置されたものであるところ、コープ印がハウスマークであることは顕著な事実である。

したがって、イ号標章及びロ号標章の中の「茶福豆」という漢字部分は、これが一定の煮豆を表現する普通名称ということでないならば、それだけで、包装された煮豆商品を他の煮豆商品から識別させる商標としての効果を発揮する一個の標章といわなければならない。

三  そこで、「茶福豆」という言葉が大黒花芸豆又は紫花豆を原材料とする煮豆の普通名称であるという原告の主張の当否について検討するに、証拠(甲五の1、2、六の1ないし4、七の1、2、八の1、2、一〇、一一、一二の1の1、1の2、2の1、2の2、3、4の1、4の2、5の1、5の2、一三の1ないし13、一四、一五、一六、一八、一九、二一、二二の1、二三の1、2、二四の1、2、二五の2ないし8、二七の1、2、二八の1、2、二九の1、2の1、2の2、三〇の1ないし6、三一、三二の1ないし6、三三の1ないし3、三四、三五、三七の1、2、四〇、四五、乙二の1ないし6、四の1、2、五の1、2、六の1、2、七の1、2、八の1、2、一三の2ないし6、8、9、二一、八三ないし九〇、九三、一〇五、一一八ないし一二四、一二六、検甲一の1、2、二の1、2、三の1、2、四の1、2、五の1、2、六、七の1、2、八の1、2、九の1、2、一〇の1、2、一一の1、2、一二の1、2、一三の1ないし9、一四の1、2、一九、二〇の1ないし18、二五の1ないし12、検乙一ないし四六、四九ないし六八)によれば、以下の事実が認められる。

1  東京都所在の煮豆業者である株式会社くぼたは、昭和五〇年ころ、中国から初輸入した大黒花芸豆(中国産のインゲン豆の一種)を原料とする煮豆を開発し、これに「茶色」の「福豆」との趣旨で「お茶福豆」との名称を付して販売を開始し、その後、関東地方、北海道、大阪等の複数の煮豆業者がこれに追随して、大黒花芸豆の煮豆商品に「茶福豆」との名称を付して販売するようになった。

原告は、昭和六三年、自社製の大黒花芸豆の煮豆商品に「黒花豆」との名称を付して販売を開始し、平成元年にその商品名を「茶福豆」に変更した。

2  わが国の市場において販売されていた大黒花芸豆の煮豆商品について、どのような名称がいくつの業者によって付されていたかをみると、昭和六三年ころでは、「茶福豆」が一六業者、「お茶福豆」が二業者という状況であり、平成七年では、「茶福豆」が原告及び被告フジッコを含めて二五業者、「お茶福豆」が二業者、「高原豆」「花豆」等他の名称が八業者という状況であった(他に、日本産のインゲン豆の一種である紫花豆の煮豆商品につき「茶福豆」の名称を使用している業者も一業者あったが、現在はその名称の使用を中止している。)。

3  被告茶福水産は、平成七年一二月と平成八年七月に、「茶福豆」又は「お茶福豆」の名称を使用している右各業者(被告フジッコを除く)に対し、本件商標権の侵害を理由に名称の使用中止を求めたところ、八業者が名称を変更したり変更を約束し、二業者が被告茶福水産と名称使用許諾契約を締結し、六業者が裁判結果に従う旨回答し、二業者が中止に応じない姿勢を示した(なお、六業者は、販売不振等を理由に既に「茶福豆」商品の製造を中止していた。)。

4  バーコードによる商品管理が行われている市場において、煮豆商品全体のうち、大黒花芸豆を原料とする「茶福豆」という名称の煮豆商品のシェアは、平成二年では一・七パーセント(原告一・一パーセント、被告フジッコ〇・六パーセント)であったが、平成七年では一二・七パーセント(原告七・七パーセント、被告フジッコ五・〇パーセント)まで増加し、平成八年では一三・三パーセント(原告八・〇パーセント、被告フジッコ五・三パーセント)、平成九年五月では約一一パーセント(原告五・九パーセント、被告フジッコ五・二パーセント)となっている。

「茶福豆」という名称の煮豆商品の煮豆市場におけるシェア拡大は、平成二年以降、原告と被告フジッコがテレビコマーシャル、雑誌広告等を通じて宣伝広告活動を展開したことによるものである。

5  平成六年八月八日付「食品新聞」には、最近の煮豆業者の取扱品種についての記事中に「大豆から金時豆、うぐいす豆、・・・茶福豆・・・白花豆などに拡大」との部分があり、雑誌「月刊消費者」の平成九年六月号には、煮豆に関する記事の中に「煮豆の販売量が多いのは、金時豆、・・・昆布豆。あとは白花豆、茶福豆、黒豆・・・」との部分があり、この場合の「茶福豆」という言葉は、普通名称として使用されている。

6  平成七年四月一九日付「日本食糧新聞」、平成六年八月八日付及び平成七年八月一六日付「食品新聞」並びに平成七年一月二八日付、同年二月一一日付及び同年四月一五日付「日経流通新聞」の「売れ筋商品ヒットチャート」の欄には、「茶福豆」という言葉が複数掲載されているが、いずれも原告又はカネハツ食品株式会社の商品名として掲載されているものである。

四  商標法における商品の普通名称とは、商品取引において取引者、需要者にその商品の一般的名称として用いられる名称をいうが、普通名称であるとの認定は、登録商標保護の見地から慎重になされなければならない。

そこで検討するに、前記認定のとおり、煮豆商品の中に「茶福豆」という名称の商品が登場したのも昭和五〇年ころ以降にすぎないのであり、「茶福豆」という言葉は、伝統的な加工食料品である煮豆の市場に、比較的最近になってから、特定の煮豆業者の商品名として登場したのである。しかも、「茶福豆」という言葉は、大黒花芸豆又は紫花豆といった原材料とか、この原材料に特有の加工方法とかいった商品の属性と関連付けられているという意味で有意な言葉でなく、単なる造語である。

このように当初特定商品の商標として使用され始めた「茶福豆」という造語が、特定の商品を指す商標としてではなく、大黒花芸豆又は紫花豆の煮豆を指す普通名称として呼び慣わされるようになるには、不特定多数の業者がこの種煮豆を製造するようになり、「茶福豆」という名称で流通する不特定多数の業者のこの種煮豆の煮豆市場に占めるシェアが拡大するなどして、「茶福豆」というだけではこの種煮豆の出所が分からない状態で通用しているという事実の蓄積が必要であるといわなければならない。

ところが、右認定のとおり、大黒花芸豆を原料とする煮豆商品は、原告及び被告フジッコが大々的に宣伝広告活動を展開するまでは煮豆市場におけるシェアはわずかであり、一般に馴染み深い商品であったとはいい難いし、平成二年以降は、原告と被告フジッコで「茶福豆」という名称の商品の市場を拡大してきたため、一般消費者が「茶福豆」の名称に触れるのは、ほとんどが、原告又は被告フジッコの商品を通じてであったというべきであり、平成七年の時点においてすら、この種煮豆商品の名称として「お茶福豆」「高原豆」「花豆」という「茶福豆」とは異なる名称を付している業者が八社もあったというのである。

しかも、「茶福豆」という言葉を一定の種類の煮豆の普通名称として使用している業界紙・雑誌の例が二例認められるものの、その例を除けば、業界紙に「茶福豆」という言葉が登場する場合には、全部特定の商品の名称として使用されているのである。

また、紫花豆を原料とする煮豆商品については、これに「茶福豆」の名称を使用したのはこれまで一業者にすぎず、その業者も現在では右名称使用を止めているし、紫花豆を原料とする煮豆が、業界紙その他で「茶福豆」の名称で紹介された形跡もない。

証拠(甲三〇の1ないし6、三二の1ないし6、三三の2、三四の1ないし6)によれば、煮豆の原料又は煮豆商品を取り扱っている商社、卸売業者及び煮豆業者の中には、「茶福豆」を大黒花芸豆又は紫花豆を原料とする煮豆商品の普通名称であると認識しているとの意見を表明しているものもあるが、右認識の根拠は、「茶福豆」が昭和五〇年ころから複数の煮豆業者によって使用されている名称であるというものであるし、右と反対に「茶福豆」は右煮豆商品の普通名称ではないと認識しているとする商社や業者も多数あること(乙一四の1ないし24、一五の1ないし9、二五ないし四〇)に照らすと、右の「茶福豆」が大黒花芸豆又は紫花豆を原料とする煮豆商品の普通名称であるとする一部業者らの認識が業界一般のものになっているとは到底認め難い。

したがって、当初商標として使用されていた「茶福豆」という言葉が、本訴提起までに、大黒花芸豆又は紫花豆を原材料とする煮豆商品を指す普通名称に転化したことを裏付ける事実関係は認められないというほかなく、これが普通名称であるという原告の主張は理由がない。

五  以上の説示から明らかなとおり、イ号標章及びロ号標章の中の「茶福豆」という漢字部分は、それだけで、包装された煮豆商品を他の煮豆商品から識別させる商標としての効果を発揮する一個の標章といわなければならず、イ号標章及びロ号標章のその余の部分は漢字部分に付加されたハウスマークであるから、イ号標章及びロ号標章と本件登録商標との類似性を検討する場合には、「茶福豆」という漢字三文字と本件登緑商標との類似性を検討すべきこととなる。

そして、本件登録商標は、「茶福」という篆書体の漢字二文字であり、「茶福豆」は丸みを帯びた漢字三文字であるが、「豆」という文字は、食材を表す一般名詞として接尾された文字であるから、両者の外観・称呼・観念はいずれも類似していることが明らかである。

したがって、イ'号標章を煮豆商品の商標として使用する行為はもちろんのこと、イ号標章及びロ号標章を煮豆商品の商標として使用する行為も、本件商標権に係る指定商品につき本件登録商標と類似の商標を使用する行為に該当するから、商標法三七条一号により、本件商標権の侵害とみなされる。

六  なお、原告は、原告の煮豆商品が一般消費者を対象とするのに対し、被告茶福水産の商品は業務用であるとの流通経路の差異などを根拠として、イ号標章及びロ号標章を煮豆商品の商標として使用したとしても、このことにより、これら煮豆商品が被告茶福水産の商品である旨の誤認混同を生ずる余地はないとし、その使用が本件商標権の侵害に該当しないなどと主張するが、食品業界において、同一の業者が業務用商品と一般消費者向けの商品の両方を取り扱う例はありふれたことであり、原告と被告茶福水産の各主力商品の流通経路の差異が存在するとしても、右のような誤認混同の余地がないなどということは到底できない。

第二  被告茶福水産の差止請求権について

右第一に説示のとおりであって、被告茶福水産は、商標法三六条一項に基づき、原告に対し、本件商標権の侵害行為であるイ号商品及びロ号商品の販売行為の停止を求める差止請求権を有するから、その請求権の不存在確認を求める第一事件に係る原告の請求は理由がないし、被告茶福水産が、原告から卸売りされたロ号商品を販売していた生協連らに対し、ロ号商品の販売を停止するよう通知することは、被告茶福水産が実体法上有する差止請求権を裁判外で行使するにすぎないから、これが不正競争行為あるいは不法行為に該当することはありえず、右通知行為が違法であることを前提とする第一事件に係る原告の損害賠償請求は理由がない。

第三  被告らの差止請求権について

一  右第一に説示のとおりであって、また、被告らは、本件商標権を共有するものとして、商標法三六条一項に基づき、原告に対し、本件商標権分侵害行為であるイ'号標章を煮豆商品の商標として使用する行為の停止を求める差止請求権を有する。

二  原告は、被告フジッコに対する関係では、イ'号標章につき先使用権(商標法三二条一項)がある旨主張するが、本件登録商標との関係でイ'号標章の先使用の事実がないことは弁論の全趣旨に照らして明らかであり、先使用の事実によって本件商標権の効力の範囲が制限されているとは認められないから、本件商標権を譲り受けた被告フジッコにも、先使用の事実による制限が存在しない本件商標権が帰属していることは自明であり、原告の右主張は理由がない。

三  原告は、本件商標権の侵害を理由として、被告らが、イ'号標章を煮豆商品の商標として使用する原告に対し、権利を行使することが権利の濫用に当たると主張するので、この主張について検討する。

1  被告茶福水産について

被告茶福水産の権利行使が権利の濫用に当たるという原告の主張は、イ'号標章の使用によってもイ号商品の出所に関する誤認混同が生じないことを前提としているが、そのような前提が認められないことは既に説示のとおりであるから、原告の右主張は前提を欠くものとして失当である。

2  被告フジッコについて

(一) 証拠(乙一〇五ないし一〇八)によれば、(1) 被告フジッコは、原告と同様に、商標として「茶福豆」という名称を付した煮豆商品を一般消費者向けに販売していたが、平成六年七月ころ、原告が「茶福」について商標登録出願したことを知って事実関係を調査したところ、被告茶福水産が、古くから「茶福」という本件商標権を有していることを知った、(2) そこで、被告フジッコは、顧問弁理士とも協議を重ね、「茶福豆」が普通名称として用いられているかどうかも調査した、(3) しかしながら、弁理士との協議及び調査の結果、「茶福豆」という名称を商標として使用することが、本件商標権の侵害となることは避けられないと判断した、(4) そのため、被告フジッコは、「茶福豆」という名称の商品を継続して販売していくため、平成七年二月、顧問弁理士を通じて被告茶福水産に対して、本件商標権の譲渡を申し入れた、(5) 被告茶福水産は、本件登録商標が商号の一部となっていることから、本件商標権の譲渡申入れを拒絶したが、被告フジッコと交渉を続けるうち、被告フジッコと本件商標権を共有することを承諾し、被告フジッコに本件商標権を分割譲渡し、平成七年七月一〇日その旨の登録がされた、との事実関係が認められる。

(二) 既に説示のところから明らかなように、被告フジッコがその製造販売する煮豆商品の商標として「茶福豆」という名称を使用することは、本件商標権を侵害する違法な行為であるところ、右認定経過からすれば、被告フジッコは、調査の結果、「茶福豆」の使用が違法であることを知り、その違法状態を解消するために、速やかに被告茶福水産に本件商標権の譲渡を申し入れ、本件商標権の共有者となったものである。

被告フジッコは、自らの違法行為を是正するため、話合いによって本件商標権を有するに至ったものであって、その本件商標権の取得は、何ら異を唱える筋合いのものではない。

(三) 原告は、被告フジッコが、煮豆業界とは競合関係にない被告茶福水産に働きかけ、煮豆市場から原告のイ号商品を駆逐するために本件商標権の分割譲渡を受けたと非難するが、イ号商品の販売が本件商標権の侵害に該当する以上、被告茶福水産が煮豆業界とは無関係でもないし、被告フジッコが本件商標権の権利者となって商標権侵害に当たるイ号商品を煮豆市場から排除することは商標法によって当然に是認された行為であるから、原告の非難は根拠がなく、原告の被告フジッコに対する権利濫用の主張は理由がない。

第四  被告らの損害賠償請求について

一  原告の責任について

イ'号標章に係る侵害行為、すなわち、イ号商品を販売することによって本件商標権を侵害する行為は、過失によってされたものと推定される(商標法三九条、特許法一〇三条)から、原告は、民法七〇九条に基づき、右侵害行為によって被告らが被った損害を賠償すべき義務を負担する。

二  商標法三八条一項及び二項の適用関係について

1  商標法三八条一項の規定が発生したことを推定する「損害」とは、商標権者が、現に登録商標を使用して享受している財産上の利益の逸失額に相当する損害をいうものと解されるから、同条一項の適用を受けるためには、商標権者が自ら業として当該登録商標を使用しており、かつ侵害者による侵害品の販売が商標権者の指定商品の販売に影響を及ぼしていることが必要であると解される。

2  そこで検討するに、証拠(甲一六、検甲二〇の1ないし18、乙一〇三、検乙四七、四八の1ないし4)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、スーパーマーケット等で一般消費者向けにイ号商品を販売しているのに対し、被告茶福水産は、主としてホテル、結婚式場、料亭等に対して、業務用の蒲鉾等の練り商品をはじめとした惣菜等を製造販売しており、大黒花芸豆の煮豆商品は製造販売していないことが認められる。また、需要者がイ号商品を被告茶福水産の商品と取り違えたり、イ号商品の販売によって被告茶福水産の商品の売上げが減少するなど、イ号商品の販売が被告茶福水産の売上げに影響を及ぼしたことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、被告茶福水産の損害の額の算定につき同条一項を適用することはできない。

3  次に、証拠(検乙六七)によれば、被告フジッコは、その製造販売する大黒花芸豆の煮豆商品の包装袋上に白色で縁どりした茶色の漢字で「茶福豆」と横書き表記した商標を付していることが認められるが、右商標は、「茶福」の二文字からなる本件登録商標とは外観において明らかに相違し、社会通念上同一であるとはいえないから、右商標の使用をもって本件登録商標の使用であるとは認められず、他に被告フジッコが本件登録商標を使用していることを認めるに足りる証拠はない。

したがって、被告フジッコの損害の額の算定につき同条一項を適用することはできない。

4  よって、本件においては、イ'号標章にかかる侵害行為によって、被告らが被った損害の額は同条二項の規定を適用して算定することとなる。

三  損害の額について

証拠(甲一四、一六)及び弁論の全趣旨によれば、原告のイ号商品の売上高は、平成二年七月期から平成七年人月期までの間、毎年三割ないし四割程度売上げが増加していたこと、原告の平成七年度のイ号商品の売上げは一一億円を下らないこと、原告の平成七年七月期以降の売上げは特段増加していないことが認められるから、原告の平成二年七月期ないし平成六年二月期におけるイ号商品の各売上高は、少なくとも、平成七年七月期の売上高に毎年一四分の一〇を乗じて逆算される金額が存在し、平成八年七月期及び平成九年七月期の各期におけるイ号商品の売上高は、少なくとも、一一億円存在するものと推認すべきである(平成二年七月期分二億〇四〇〇万円<一〇〇万円未満切り捨て・以下同じ>、平成三年七月期分二億人六〇〇万円、平成四年七月期分四億円、平成五年七月期分五億六一〇〇万円、平成六年七月期分七億八五〇〇万円、平成七年七月期分一一億円、平成八年七月期分一一億円、平成九年七月期分一一億円、以上合計五五億三六〇〇万円となる。)。

また、証拠(甲四二)及び弁論の全趣旨によれば、被告らが他の煮豆業者との間で本件登録商標につき使用許諾契約を締結する際の使用料率は、売上高の〇・一パーセントと認められるから、イ'号標章に係る侵害行為によって被告らが被った本件登録商標の使用料相当の損害額は五五三万六〇〇〇円となる。

四  被告ら各自の損害額

右認定の損害は、本件商標権の分割譲渡が登録された平成七年七月一〇日より前に生じた部分が、被告茶福水産のみが被った損害であり、同日以降に生じた部分が、被告らが各二分の一の割合で被った損害である。

したがって、被告フジッコに係る損害額は、(一) 平成七年七月期のうち七月一〇日から同月三一日までの使用料相当額六万六三〇一円(11億円×0・001×22/365日=6万6301円)の二分の一である三万三一五〇円(円未満切り捨て、以下同じ)、(二) 平成八年七月期及び平成九年七月期の使用料相当額の二二〇万円(22億円×0・001=220万円)の二分の一である一一〇万円の合計一一三万三一五〇円であり、被告茶福水産に係る損害額は、平成二年七月期ないし平成九年七月期のイ号商品の売上高合計の〇・一パーセントである五五三万六〇〇〇円から、被告フジッコに係る損害額一一三万三一五〇円を控除した四四〇万二八五〇円である。

第五  結論

以上によれば、原告の請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、被告らの請求は、いずれも右説示の限度で理由があるから右限度において認容し(ただし請求の趣旨第2項に関して、イ'号標章を付した「印刷物」についての譲渡等の差止めを求める部分については、その対象につき広きに失するから、商標法二条三項七号に基づき、イ'号標章を付した「煮豆に関する広告、定価表又は取引書類」に限定する。)、その余を棄却することとし、主文第二項ないし第六項について仮執行宣言は相当でないから付さないこととし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条、九三条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹中省吾 裁判官 橋詰均 裁判官 島田佳子)

商標権目録

登録番号 第一〇九六二七六号の一及び二

出願日 昭和四六年一〇月一一日

登録日 昭和四九年一一月一四日

更新登録日 昭和五九年九月一七日及び平成六年一一月二九日

商品の区分 第三二類(ただし、平成三年政令第二九九号、平成三年通商産業省令第七〇号による改正前の商標法施行令、商標法施行規則の各別表によるもの)

指定商品 食肉、卵、食用水産物、野菜、果実、加工食料品(他の類に属するものを除く)

商標の構成 左の枠内のとおり

<省略>

以上

別紙(一)

<省略>

別紙(二)

<省略>

別紙(三)

<省略>

決定

第一事件原告・第二事件被告 株式会社小倉屋柳本

右代表者代表取締役 柳本一郎

第一事件被告・第二事件原告 株式会社茶福水産

右代表者代表取締役 下村郁夫

第二事件原告 フジッコ株式会社

右代表者代表取締役 山岸八郎

右当事者間の、平成七年(ワ)第六六一号商標権に基づく差止請求権不存在確認等請求事件(第一事件)及び平成八年(ワ)第一九三七号商標権侵害差止等請求事件(第二事件)について、判決に明白な誤謬があったので、職権で次のとおり更正する。

主文

本件について、当裁判所が、平成九年一〇月一五日に言い渡した判決の主文の第五項の次項に「六 被告らのその余の請求を棄却する。」を加え、主文の項番号「六」を「七」と改める。

平成九年一〇月一六日

神戸地方裁判所第五民事部

裁判長裁判官 竹中省吾

裁判官 橋詰均

裁判官 島田佳子

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